Kinectとコントローラーとしてのおれの身体

Kinectは2010年にマイクロソフトから販売されたXbox360向けのゲームデバイス。コントローラを用いずに操作ができる体感型のゲームシステムで、ジェスチャー音声認識によって直観的で自然なプレイが可能となる(Wikipediaより)。簡単に言えばテレビの前に立って身振り手振りで遊べるゲーム機って感じ。同時購入したKinect対応ソフトは『Dance Evolution』 ゲーセンにあった『Dance Dance Revolution』が足元にある上下左右4つのパネルを踏んで操作していたのに対し『Dance Evolution』は全身が入力装置。キャラクターが披露するダンスを自分の体で正確に再現するほど高得点という仕組み。テレビの前で実際に踊るダンスゲームだ。
ということで早速プレイしたんだけど面白いわー。センサーが優秀なのか「いやちゃんと踊ったって!」みたいな理不尽な判定があんまないし何より体を動かすのが無意味に面白い。久々の運動に興奮しジャンプやシャウトを交えながらの大胆プレイ。時を忘れて踊り狂っていた所に「さっきからうるさいんだけどー」と妹が入ってきた。汗だくの兄+部屋から伝わる振動+妖しい喘ぎ声=奇抜なオナニーの開発 と早合点したのか無言で出て行こうとする妹に「違うよゲームなんだよ」と説明ながら少し遊ばせることに。部屋の隅っこで体育座りをしながら(そうしないとプレイの邪魔になる)観戦。すると意外に上手い。初プレイにしては良いスコアだ。妹も気に入ったようで2回3回とプレイを続けていく内におれの半日がかりのハイスコアが抜かれ、ついには最高評価AAA(トリプルエー)を叩き出す始末。これはかなりショックだった。
というのもおれは今までゲームで妹に負けたことがないんですよ。おれのザンギエフは妹のチュンリーを絞め殺し、おれのドンキーコングは妹のピカチュウを殴り殺し、おれのレッドスター軍は妹のブルームーン軍を蹂躙する。ゲームを滅多にしない妹は兄の華麗なパッド捌きの前に平伏すしかなかったのだ。「もうお兄ちゃんなんかとゲームしてあげないんだからねっ!!」と吐き出される罵倒すらも心地良い。ゲームはいつも兄であるおれの自尊心を満たしてくれた。それがなぜこんな有様に。チクショウ。怒りのあまりコントローラーを妹に投げつけようとした手が空を切る。そこでようやく気付く。コントローラーがないからだ。正確に言えばおれの体がコントローラーだから。おれは体を動かすのが苦手だからゲームをしていたんだ。徒競走でビリになり大縄跳びでミスをしてドッヂボールで女子に当てられた屈辱。思い通りに動かせない愚鈍な肉体に対する怒りを指先の動きに変え、コントローラーを巧みに操作することで現実に復讐していたのだ。マリオはおれの代わりに高く飛びソニックはおれの代わりに速く走りくにお君はおれの代わりにドッヂボールをキャッチしてくれた。
だがKinectは違う。誰もおれの代わりに踊ってくれない。おれの体がコントローラーだ。普段「プレステのコントローラー糞過ぎて使えねーよ」と粋がっていたがおれ自体、全身が360の十字キーで作られたような最悪の操作性の持ち主だったのだ。そんな不良コントローラー男が妹に勝てるはずがない。もう駿河屋に売ろう。と諦めてしまうのが普通だがおれは違った。もっと遊ばせろとせがむ妹を追い出し特訓開始。さらに半日のダンスの末、ついに妹のスコアを抜くことに成功した。やったぞ努力の大勝利。いやー筋肉痛が気持ちいいね。流石に疲れたので少し休もう。
Kinectには自分がプレイしている姿を録画してくれる機能があり『Dance Evolution』では踊ったダンスを見て楽しむこともできる。それを視聴しながら休憩しよう。まずは妹のダンス。まぁまぁだがその腕前は我が家では二番目だ。続いてハイスコアのおれのダンス。そこには華麗なダンスを披露する青年男子の姿が、映ってはいなかった。ダンスとは程遠い奇妙な動きをした変質者が映っていた。真冬なのに汗まみれでパンツ1枚。激しく動く度に裾からはイチモツがハミ出す。なんだコレは。こんなのダンスじゃない。南米の呪術じゃないか。KONAMI社はこれがダンスの進化だとでも言うのか! この差は何なんだ。同じ音楽で同じ踊りなのに。同じAAA判定なのに。そしておれの方がハイスコアなのに…。
うーん恐らく妹は純粋にダンスを踊ってAAAを獲ったのに対し、おれは「ここの判定は甘めだから」云々とゲーム的な勘に依拠したダンスを踊っていたのだろう。そのためハイスコアを獲るためだけが目的の動きになってしまい、ダンスとしては極めて歪な気色の悪いものになってしまった。こ、これが飯野賢治が言うところのデジタルの悲しみ…。ハイスコアを奪取しても体は上手く動かせないまま。おれは今日も一人で呪術を踊る。画面に光るPerfect!の文字だけがその姿を照らし続けていた。