孤独の童貞

今更ながら『孤独のグルメ』を読んだら面白かった。外食と言ったらはなまるうどんのかけ小しか食わないおれが見知らぬ中華料理屋に入ってしまうほど面白かった。厨房に立つおばちゃんが渋谷で起きた通り魔殺人と法事の話を交互にしていたのも面白かったし、注文した餃子に米がビッシリと付着していたのも面白かった。そんな面白かった『孤独のグルメ』なんだけど一つ気になるのは主人公が裕福な人物だとほのめかされている点。外車に乗ってたり、フランスで女優と付き合ってたり、回転寿司に入って"いつも行く寿司屋とは大違いだが…"と思ってみたり。望めば「一流」の生活はできるんだけど疲れて降りてしまった人なのかなーって感じで描かれている。*1
その主人公が例えば日雇い労働者の集まるドヤ街で周囲の客を眺めながらメシを食う。問題なのはそこに優越感が描かれているのではなく(それなら差別的な作品と言えば良いだけなので楽だ)むしろ親近感を持って描かれている点で、この感じが何かに似てるんだよな−と思ったら分かった。伊集院光氏のラジオに似てるんだ。17歳で性交渉をして元アイドルを妻に持つ身でありながら童貞への親しみを隠さない所が。
孤独のグルメ』の主人公は安い飯も美味そうに食べ、伊集院光氏はモテないことをネタにする。でもそれはいつでも普通の飯を食えるという自由が、いつでもセックスできるという自由が*2保証されているからこそなのではないか。低所得者は安い飯を食うしかないから不幸なのだし、童貞は捨てられないからこそ悲劇なのだ。

*1:特に前半部。中盤になると普通のサラリーマンっぽく描かれるようになる。かと言って前半が合わなかった訳ではなく、むしろハードボイルドな雰囲気を残す前半の方が好みだったりもするので難しいな−と思う

*2:妻帯者であれば毎日セックスできるという思考は極めて童貞的である